海風想

つれづれなるままの問わず語り

計画無痛分娩体験記・後編

このレポートはこちらの記事の後編となっている。

kusikurage.hatenablog.com

一応続きものではあるが、実際のお産の様子だけを読みたいということであれば、前編は病院探しの話なので、読まなくても支障はなかろうかと思う。「とにかく出産するなら無痛分娩」と決めていた私だったが、実際はその門戸に辿り着くのさえ容易ではなかったという話である。

それでも何とか無痛分娩が出来る産院で分娩予約をした私。幸い妊娠の経過は順調で、総合病院に転院を要請されるような事態にもならず、臨月を迎えることができた。

計画分娩でもあるため、当初言われていた出産予定日よりも前の38週を過ぎた辺りで入院し、無痛分娩の処置をする手筈になっていたが、その前に破水してしまうという可能性もゼロではなかったので、臨月に入ってからはとにかく、先生が不在のタイミングでフライングしてくれるなとお腹に念を送る日々だった。そして無事に迎えた入院日、レポートはこの日からスタートする。

 

2.前日入院と数奇な晩餐

入院当日。「午後〇時に来てね」の時間指定以外、食事の制限など特に何も言われていなかった私は、子供が生まれたら当分気軽には入れなくなるような狭いカウンター席の店で昼食を終え、病院に向かった。

病室に案内され、一通りの手続きを終えると、おもむろに着替えるよう指示されたのは入院着と産褥ショーツ+尋常でなくデカいナプキンという、いわゆる産婦の戦闘服。おお、ここからついに始まるのか、となんとなく身の引き締まる思いがした。

ここであらためて、私が受ける計画無痛分娩処置の流れを説明しておく。

まず一言で「無痛分娩」と言っても、麻酔を入れるタイミングが異なる複数の方法がある。日本で一般的に行われている方法が全部で何種類あるのか、専門家でないため詳しくはわからないが、経験者の声などを聴く限り、概ね二つの方法があるようだ。

一つは、陣痛が来てから麻酔を追加して痛みを緩和する方法。前編の記事でAクリニックが初産婦に対して行っていたのはこちらであり、陣痛のタイミングによっては麻酔医不在につき通常分娩となる可能性があるものだ。

もう一つはこれから私が受ける、陣痛が来る前にあらかじめ麻酔を入れておき、その後陣痛促進剤を投与してお産の進行そのものをコントロールする方法で、いわゆる「計画無痛分娩」と言われるものだ。陣痛をはじめからカバーしてくれるという安心感がある一方、特に初産はお産の進行が遅くなるリスクも伴う。

お産のざっくりした流れを説明すると、

陣痛(お産の進行と共に間隔が短くなっていく)→破水→子宮口全開(10センチ)→分娩

というステップを踏む必要がある。もちろん先に破水してしまったり、何かのはずみで子宮口が開いてきてしまったりする事態もあるが、順当な流れはこの通りとなる。

計画無痛分娩は、この「陣痛」の前に麻酔を追加するところから始まる。なので、上記の工程に無痛分娩処置を追加したものは以下の通りである(青文字が処置)。

麻酔注入子宮口を開く処置①(ここまでが前日処置)追加麻酔陣痛促進剤注入子宮口を開く処置②→陣痛→破水(必要時は人工破膜)→子宮口全開(10センチ)→分娩

なお、調べてみるとこれら青文字の処置は、通常行われる分娩誘発処置と変わらないように思われた(国立成育医療研究センターの図解が大変わかりやすいので引用させてもらう)。ただ一つ異なっている点は、これらの処置が「通常は麻酔なしで行われること」である。実際に経験した身としては「いや、無理だろ」としか言えないのだが、果たしてそれはどういう処置であるのか、レポートに戻りたい。

夕刻、部屋のベッドで胎児の心拍を計測しながら、看護師さんに点滴を入れてもらう。この時点では電解質等を注入。この点滴針は今後入院中ほぼつけっぱなしになるものである。

そののち、分娩も行う処置室に移動し、背中にカテーテル管を入れる処置。この管を入れる処置が地味に怖かったのであるが、針を刺す瞬間はチクッという程度。その後ジワジワ「あーなんか刺さっているなあ」という感覚があった。ここで、効きのテスト的に麻酔が注入される。それから10分ほど、「暇だからスマホ持って行っていいよ」と言われていたので、持参したスマホをいじりつつ待機。10分後、アイスノンを押し当ててテストし、麻酔が効いていたので内診に移る(ここで効いていなければカテーテルの入れ直しになる)。

子宮口の開きを確認し、子宮口を開く処置その①であるところの、ダイラソフト(先生曰く「水吸って膨らむワカメみたいなやつ」)を3本ほど子宮口に挿入される。個人差はあれど、私は子宮頸がん検査の綿棒にすら痛みを感じるので、こんなものを無麻酔で挿入されたら悶絶したに違いないが、この時は麻酔のお陰で痛みは殆ど無く、何かを入れられてる感覚があるだけだった。麻酔様々である。

この後、麻酔が醒めて足が動くようになるまで待機していたが、なかなか足の感覚が戻らないため、なんとこのままここで夕飯を食べることになる。
「え、ここで食べて良いんですか!?」
と思わず聞いてしまったが、構わないということで初日の夕飯となった。

これまで数多の命が産声を上げ、たくさんの女性達が悶絶し血を流してきたであろう分娩台に腰掛けながら、独りご飯を食むのは何ともシュールな光景であった。しかし、明日は少なくとも朝昼は絶食となる予定のため、この夜の夕飯はなんとしても食べておかねばならない。あまり深く考えないようにしながら完食した。

その夜は麻酔が醒めた後は普通に洗面歯磨きなどを済ませ、遅い時間にもう一度胎児の心拍をチェックしてから、明日に備えて就寝となった。

麻酔のためか、微熱が出ていた。カテーテルの管を挿したところが鈍く痛い。そして「明日自分は子供を産むんだ」などとあれこれ考えてしまい、全く寝付けなかった。

 

3.いよいよ無痛処置本番。そして分娩へ…

翌朝。殆ど眠れなかったが、もうなるようにしかならない。

今日は分娩が出来る体制になるまでは、自室のベッドで全ての処置を受けながら待機することになる。麻酔を打ったら歩き回れなくなるので、動ける今のうちに飲み物をはじめ、スマホスマホ充電器、イヤホンなど、手を伸ばせば届く範囲にあらゆるアイテムをセットし、臨戦態勢を整える。朝昼は絶食になるが、ゼリー飲料は摂取可ということなので、ウィダーインゼリーも並べた。ワンタッチのストローキャップを装着した飲み物と、ゼリー飲料は必需品と言っていた先人達の知恵がありがたい。

これ以降は、当日に記したメモをもとにタイムテーブル式にレポートする。

5:30 予告通り自室に看護師さんが来て、心拍と血圧計と点滴等諸々装着。5分おきに計3回、麻酔を入れ始める。入れた瞬間はスゥッと背筋が寒くなる感覚がある。
この時、麻酔との相性で柑橘系の飲み物は避けるよう告げられる。運悪く用意していたグリーンDAKARAが冬季限定の柚子入りだったため、ストックの麦茶と差し替えてもらう。意外な盲点だった。

6:00 経口で陣痛促進剤を飲むが、その前に昨晩子宮口に入れたダイラソフトを抜く作業。これが地味に痛かった。しかも3本も入っているのでこの抜く痛みも合計3回。こんな棒っきれ出すのにも痛いのに、赤ん坊の頭なんてどうやって出すんだろうと思う。
ここで子宮口の開きを確認、指二本入る程度には開いてるらしい。この後、30分程で麻酔が効き出すので尿カテーテルを入れること、腰やお腹に痛みが強く出るようなら薬を追加するので声をかけるよう言われた。
しかしいざ分娩になるのはまだまだ先のようで(経産婦で午後イチくらい、初産婦はもっとかかるらしい)、長い一日になりそうだ。

麻酔の効きが偏らないように、定期的に向きを変えながら少し休むことにする。

6:40 尿カテーテル挿入。麻酔のおかげで痛みは全くなかった。なお尿カテーテルはお産の直前で取り外されるらしい。
この時点でお産への恐怖は無く、それよりも子供に早く会いたいという気持ちが増している。やはり痛みが無いというのは、心の余裕を持つ上ですごく重要だ。

7:00 再び経口で陣痛促進剤投与。

8:05 先生が来て子宮口を開く処置その②であるところのバルーンを入れる処置。何かを押し付けられている感覚はあるが、全く痛くない。
そして別室から流れてくる朝ごはんの匂いに空腹感を覚えた。耐えきれずウィダーインゼリーを一口飲む。

8:20 麻酔のせいなのか、腹が痒くなってきた。痒いな、と思って腹に手を伸ばすと感覚が鈍ってるのがわかる、なのに痒みは感じるという超不思議現象。痒さが酷かったら薬があるので言ってくださいと看護師さんに言われる。

9:00 点滴で陣痛促進剤を入れ始めた。経口の方は弱いので、飽くまで子宮口を柔らかくする作用程度らしい。また、痒みは点滴の成分のせいなのでどうにもならない、麻酔で諸々が鈍くなってるので、掻き壊し注意と言われた。

9:22 足が痺れて寝返りがいよいよ打ちづらくなってきた。

9:35 痒さが増してると訴えたら看護師さんがアイスノンを持ってきてくれた。冷やして誤魔化す作戦だ。

9:48 お腹の張りが2〜3分おきに来ると言われる。この張りは内圧なので子供が生まれるための準備だというが、陣痛とは異なり、陣痛はまだ来ていないらしい。ほんのり睡魔が襲ってきた。

10:03 先生の内診。子宮口3〜4センチとのこと。
痒みは麻酔がよく効くように麻薬性の物質(モルヒネのことか)を入れてるかららしい。

10:54 子宮口4〜5センチ。もう少しでバルーンを抜くらしい。今のところ、痒いくらいで痛みが全然無い。

11:05 どうやら陣痛が10分間隔くらいで来てるらしいが、自覚ゼロ。
ところで私は立ち合い分娩を希望していたが、現在はコロナ禍で外部の人間の病室待機が出来ないため、子宮口が8センチ以降になったらお産の進み具合を見て夫を呼ぶようだ。正直不安は募るが、それでもこの時節に立ち会いが出来るだけありがたい。

11:21 下腹部に拡張される感じがある。これがいわゆる陣痛なのか?痛くはない。

12:04 子宮口6〜7センチ。子宮口を開いていたバルーンを抜いたが、スポンと抜ける感覚だけで痛みはない。

12:42 いよいよ分娩室に移動。麻酔で足が萎えてるため人力担架で運ばれた。しかしここからまだ2時間以上かかるとのこと。
スマホ持参が許されたので、分娩台の上で親にLINEで連絡をするが、「そんなに余裕があるものなのか」と逆に心配される。その通り、驚くほど余裕がある。夫を呼び出すのも、余裕がなければ病院が電話してくれるが、自分で連絡してもいいと言われていた。

12:50 羊膜を破って破水する破膜処置。赤ちゃん降りてくるの待ち。おむつより更にデカいパッドを尻に巻かれる。

13:05 下腹部に軽い生理痛程度の痛み。赤ちゃん降りてきた?

13:11 ちょっと痛みらしきものあり。我慢できる程度。

13:16 子宮口7センチ。ちょっと降りてきてるがまだ陣痛自体は弱いらしい。

13:22 股の中心に鈍く痛みが走る。

13:59 股の中心に今までの中で最も強い痛み。「いててて」で済む程度ではある。
痛みが強かったら麻酔を追加するが、麻酔の効きにはタイムラグがあるので、強い痛みがきたら我慢せず言うよう言われる。しかし産む直前はいきむためにも、多少は痛むと言われる。

14:12 痛みの間隔が短くなってる気がする。

14:27 内診されるも、変わらず。

14:33 「いてててて」の痛みが3分おき位にある。 

14:51 子宮口7〜8センチ。痛みが強くなるため麻酔が追加される。進み具合変わらず。陣痛がまだ弱いとのこと。

15:08 麻酔追加されたものの、痛みはさほど変わらない。睡魔が襲ってくるが、定期的な痛みで強制覚醒。

15:12 ここに来て痛みが変わらないということは、この痛みは分娩まで残っちゃう感じとのこと。全然耐えられる痛みではあるが。

15:30 痛みが強くなってきてる。強い生理痛くらいのやつ。普段なら鎮痛剤を即飲むレベルだが、無麻酔での陣痛の痛みはこんなものではないと助産師さんに言われ、そりゃそうだろうと思う。

この後しばらく、この痛みが3分おきに来るため、呼吸でやり過ごす。

15:38 子宮口依然8センチのまま。
陣痛の間隔もまだ空いている(4分空くことがある)。痛みが強いため麻酔を追加して様子見。

15:57 痛みはさっきよりマシになってきた気がする。近場で呼び出しを待機していた夫には一旦帰宅してもらった。

16:23 和らいだと思えた痛みだったが、なんか一段階進化した気がする。

16:44 先生の診察で子宮口全開になりそうな気配はあるが、胎児の降りが悪い。いきみを試してみて、もし胎児が降りてこないようなら帝王切開になると言われる。夫を呼び戻す。

以降、17:50ごろまで、夫立ち会いのもと陣痛と同時にいきむ、というのを繰り返して胎児の降りを確認したが、今ひとつであることと、回旋が上手くいかず、後ろに向いてくれない(胎児が母体のお臍側に対して背を向けているのが分娩時の正しい姿勢だが、何度直しても仰向けになってしまう)ため、子供の安全性を考えて帝王切開に踏み切る。
夫は分娩室を出て病室待機となったので、親への連絡諸々を託す。
その後はマッパにされて手術準備。麻酔が入っているため、手術への移行は速やかだった。

手術中、麻酔はされているので切られる痛みは当然無いが、皮が引っ張られたり押し付けられたりする痛みはあり、何より自分の腹が切られているんだなぁという恐怖がある。助産師さんの「もうすぐ(赤ちゃんに)会えますからね」という言葉に励まされ、必死に耐える。

手術開始から一時間ほど、元気な産声が聞こえ、「産んだ」という実感が無いのにも関わらずブワッと涙が溢れた。

「そうか、産まれたんだ。」

色んな感情が押し寄せた。洗って綺麗にされた我が子と対面した時は、「眉毛の生え方が自分に似てる」「亡くなった祖母にそっくりだ」と妙に冷静に分析している自分がいた。

その後、開腹よりも縫う時間の方が長い手術を追え、芋虫ほども動けなくなった私は夕飯もスキップして病室に戻り(というか手術をしたので当然食べられない)、待機していた夫と相談して子供の名前を決め、分娩待機中に連絡していた人達に諸々の連絡を済ませ、人生史上最も長い一日が終わった。

 

以上が当日の体験記である。

結果的に緊急帝王切開になっているので、「やっぱり無痛分娩って良くないのでは」と感じる方もいるかもしれない。実際問題、回旋不良と無痛分娩処置との因果関係は不明である。ただ産まれた我が子は平均より大きめだったので、経膣にこだわって無理に産もうとしていたらもっと危なかったかもしれないので、帝王切開に踏み切ったことに後悔はない。そもそも、自然分娩であっても様々な事情から緊急帝王切開になる事例は沢山あるわけで、私の場合は手術に至るまでに陣痛で消耗していない分、予後の回復は非常に早かったという実感があった。

これが初産なので比較対象がなく、n=1の感想ではあるが、自分の体験を総括して私は「無痛分娩を選んでよかった」なおかつ「プラス10万円課金する価値は全然ある」と心から思っている。そして希望する妊婦さん全員が無痛分娩を選べる世の中になってほしいとも。

確かに手術の傷は痛んだが、何時間も激痛に悶えるみたいな経験はせずに済んだ。ついでに麻酔が効いていたおかげか、後陣痛の痛みもほとんど自覚がなかったことも記しておく。陣痛だけでなく後陣痛、会陰切開や帝王切開の傷の痛みなど、とにかく痛いことが多過ぎる出産という経験の中で、これほど痛みのストレスを減らせたということは大きなメリットではないだろうか。痛みへの恐怖やトラウマを軽減させることは、出産をためらう人たちを後押しする大きなポイントだろう。少子化対策を謳うなら、希望者の無痛分娩無料などはとても効果的だと思うがいかがですが日本政府さん。

ついでに言うと、我が子は普通にかわいい。「産みの苦しみを味わってこそ」みたいな言説は嘘っぱちだと、今なら確信を持って言える。母体の苦痛と子供への愛情は何の因果関係もない。そして「楽なお産」などは存在しないということは改めて主張しておく。分娩時間の長短や痛みの軽重は個人差があるとはいえ、どのお母さんも大変な思いをして赤ちゃんを産むのだ。だからその痛みのほんの一部でも、麻酔で軽減できるならぜひそうしていいと思うし、それは「サボり」でも「甘え」でも無い。無痛分娩を選ぶというと、こういう言葉を浴びせられることがあるというが、全くもってナンセンスだと思う。

出産は喩えるなら「これがラスボスだと思ってHPもMPもフルに使ってやっと倒したと思ったら裏ボスが出てきた」という感じで授乳を含む怒涛の育児生活が始まるので、無痛分娩は言うなればHPMPを温存するための攻略方法の一つだと思う。私はその恩恵を存分に受けて、今懸命に裏ボスと戦っている。